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東京地方裁判所 平成4年(ワ)14914号 判決 1996年3月25日

原告 選定当事者 金勲 ほか一六名

被告 国

代理人 住田裕子 井上邦夫 倉部誠 安田錦治郎 高橋宏之 浜秀樹 小濱浩庸 山田利光

主文

一  原告らの請求のうち、不法行為に基づく原状回復、損害賠償及び公式謝罪の各義務の存在確認請求に係る訴えをいずれも却下する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求(「 」の表示は、訴状の「請求の趣旨」記載の表現によったことを表す。)

一  被告は、

1  「日本帝国主義の侵略に依って作成された、韓・日両国間の一九〇四年二月二三日字協約(韓日議政書)、同年八月二二日字協約(外国人顧問傭聘協定)、一九〇五年一一月一七日字条約(所謂乙已保護条約)、一九〇七年七月二四日字協約(所謂丁未七条約)及び一九一〇年八月二二日字条約(合邦条約)は各当然無効であるので右無効条約に基づき韓国を支配したる不法行為と、」

2  「韓国支配期間中原告」選定者ら「韓民族に対して生命及び財産の収奪と精神的身体的苦痛を加へた行為及び其他の各種不法行為と、」

3  「日帝侵略と太平洋戦争挑発の不法行為に因り韓国の国土両分と民族離散、又この原因に基づき六・二五動乱と民族相残等が惹起されたこと

等の各不法行為に因って原告」選定者ら「を含む韓民族が蒙った被害に対して、原状回復、損害賠償及び公式謝罪の責任がある事を確認せよ。」

二  被告は、

「前項各不法行為に因って」

1  「原告」選定者ら「を含む韓民族が政治的、経済的、社会的、文化的に蒙った被害と生命財産等の収奪被害並びに精神的、身体的苦痛に対し別紙謝罪文の内容通り謝罪すること、」

2  「数多い独立志士犠牲者に対する賠償として、この民族代表三三人の遺族中一人である、原告」選定者「金行」(原告選定者番号三)「に対して金二、〇〇〇万円を支給し、」

3  「戦争期間中韓国人を挺身隊、労務者、軍属、軍人等に強制連行した後死亡したと推定される約四〇余万名中」原告選定者番号七ないし一五六の原告選定者ら「の被相続者達に対して、」

(一) 「連行されてから死亡に至った過程に関して即時調査節次を履行し此に対する身分関係資料を引渡すべき事と、」

(二) 「同人等の遺骸(又は遺骨)を送還する事と、」

(三) 「原告」選定者ら「に対して」各「金四、〇〇〇万円(但し、原告」選定者「宣基」(原告選定者番号七)「に対しては、」金「七、〇〇〇万円)を支給し、」

4  「強制連行された挺身隊、労務者、軍属及び軍人等合計約二、〇〇〇、〇〇〇余名中」原告選定者番号一五七ないし二〇五の「原告」選定者ら「に対しては、」各「金三、〇〇〇万円を、」同二〇六ないし三五七の「原告」選定者ら「に対しては各金二、〇〇〇万円(但し、原告」選定者「(金学培」(同二〇六)「には金三、〇〇〇万円を、同金性坤」(同三三八)「には金五、〇〇〇万円)を支給し、」

5  「千余万名に達する南北離」散「家族に対する賠償としては原告」選定者「朱宜卿」(原告選定者番号五)「に対し金一、〇〇〇万円を支払うべく、」同三五八ないし三六九の「原告」選定者ら「に対しては各金九九円を支給すべし」。

第二事案の概要

本件は、被告が一九一〇年に当時の「大韓帝国」を併合し、一九四五年ころまで同国の領域を支配したことに関して、大韓民国(以下「韓国」という。)の国民である原告(選定当事者)らが、<1>国際慣習法、<2>一九四三年のカイロ宣言(以下「カイロ宣言」という。)、一九四五年のポツダム宣言(以下「ポツダム宣言」という。)及び日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)、<3>国際司法裁判所規程において国際司法裁判の準則とされている「文明国が認めた法の一般原則」(以下「法の一般原則」という。)、<4>ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例及び極東国際軍事裁判所条例に規定された「平和に対する罪」及び「人道に対する罪」、<5>日本国憲法(以下「憲法」という。)前文二項、<6>民法七〇九条にそれぞれ基づいて、被告との間で、又は被告に対し、<1>被告が「一九一〇年八月二二日韓日条約」等に基づき韓国を支配したことなどの不法行為により原告選定者らを含む韓国民に与えたとする被害について、被告に原状回復、損害賠償及び公式謝罪の各義務(以下「本件原状回復義務等」という。)が存在することの確認、<2>右不法行為により被告が原告選定者らを含む韓国民に与えたとする被害及び苦痛についての謝罪、<3>太平洋戦争中に被告が原告選定者ら又はその被相続人を軍人、軍属等として強制連行したことなどについての損害賠償金の支払並びに右被相続人のうち右連行先で死亡した者についての死亡までの経過に関する調査報告と身分関係資料及び遺骨の引渡し、<4>被告からの独立運動を行い被告から弾圧を受けたとする原告選定者ら及び被告による韓国支配の結果として家族が南北に離散したとする原告選定者らに対する損害賠償金の支払を求めた事案である。

一  原告らの主張

<略>

二  被告の主張

<略>

三  争点

本件の主要な争点は、(1)本件原状回復義務等存在確認請求に係る訴えの適法性、(2)右原状回復義務等の存否、(3)<1>被告が「一九一〇年八月二二日韓日条約」等に基づき韓国を支配したことなどの不法行為により原告選定者らを含む韓国民に与えたとする被害及び苦痛についての謝罪請求(以下「本件謝罪請求」という。)、<2>太平洋戦争中に被告が原告選定者ら又はその被相続人を軍人、軍属等として強制連行したことについての損害賠償請求(以下、後記<4>の損害賠償請求と併せて「本件損害賠償請求」という。)、<3>右被相続人のうち右連行先で死亡した者についての死亡までの経過に関する調査報告と身分関係資料及び遺骨の引渡しの請求(以下「本件調査報告等請求」という。)、<4>被告からの独立運動を行い被告から弾圧を受けたとする原告選定者ら及び被告による韓国支配の結果として家族が南北に離散したとする原告選定者らの損害賠償請求の各当否である。

第三争点に対する判断

一  本件原状回復義務等存在確認請求に係る訴えの適法性について

1  右確認請求は、要するに、被告が、「一九一〇年八月二二日韓日条約」等の条約に基づき、一九一〇年ころから一九四五年ころにかけて韓国を支配し、その支配期間中に韓国民の生命及び財産を収奪し、韓国民に対して精神的及び肉体的苦痛を与え、さらに、その後の韓国国土の分断と民族の離散をも招いたとした上で、被告のこれらの行為が国際法上及び民法上の不法行為に当たるとして、被告が原告選定者らを含む韓国民全体に対して右行為によって韓国民全体が被った総体的な被害についての原状回復、損害賠償及び公式謝罪の義務を負っていることの確認を求めるというものである。

そして、原告らは、このような確認請求が適法であることの根拠として、被害者である各韓国民個人の被告に対する原状回復等の請求権にはいまだに給付の訴えを提起し得る程度にまで具体化されていないものもあるが、被告が韓国民全体に対する本件原状回復義務等の存在を否認していることから、将来各韓国民個人が被告に対して具体的かつ個別的な請求をするときに備えて、現時点において被告が韓国民全体に対して本件原状回復義務等を負っていることの確認を求めることについて確認の利益がある旨主張する。

2  ところで、裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争であって、法令の適用により終極的に解決することができるものに限られるから、確認の訴えについても、それが「法律上の争訟」に当たるためには、少なくとも、被告に対する関係において原告の権利又は法律上の地位について具体的な不安が存在し、確認の対象として選択された権利義務又は法律関係の存否を確定することが、原告の右不安の除去を目的としていることを要するものと解される。

したがって、原告以外の第三者の権利又は法律上の地位について存在する不安の除去を目的として提起された確認の訴えは、当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争には当たらない抽象的な争いについて裁判所の判断を求めるものであり、「法律上の争訟」には該当しないものであるから、特に法律に定められた場合(行政事件訴訟法五条、四二条、地方自治法二四二条の二参照)を除き、不適法というべきである。

3  これを本件についてみると、本件原状回復義務等存在確認請求は、右1のとおり、将来各韓国民個人が被告に対して具体的かつ個別的な請求をするときに備え、原告選定者以外の者をも含む韓国民全体の利益を目的として、現時点において被告が韓国民全体に対して本件原状回復義務等を負っていることの抽象的な確認を求めるものであるが、このうち、被告が原告選定者以外の韓国民に対して右原状回復義務等を負っていることの確認を求める部分については、原告選定者以外の第三者の権利又は法律上の地位についての不安の除去を目的とするものであるから、右部分の請求に係る訴えは、当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争には当たらない抽象的な争いについて裁判所の判断を求めるものとして、「法律上の争訟」に該当しない不適法な訴えというべきである。

また、右原状回復義務等存在確認請求に係る訴えのうち、被告が原告選定者らに対して右原状回復義務等を負っていることの確認を求める部分は、一応「法律上の争訟」に該当するということはできるものの、原告らが主張する本件原状回復義務等の内容は、いずれも極めて抽象的かつ不特定なもので、被告がこれらの義務を履行すべき相手方、原状回復及び公式謝罪の具体的内容、損害賠償の具体的金額のいずれをみても請求の趣旨の記載からは全く明らかではない。その上、仮に、これらの義務の存在を判決をもって確認してみたとしても、被告が右義務を任意に履行しなければ、原告選定者らは何らの給付を受けることもできないのであるから、原告らは、確認の訴えのほかに履行を求める給付の訴えも提起する必要があり(実際にも、原告らは給付請求を併合して提起している。)、右確認請求は、紛争の全面的解決には役立たないものであるといわざるを得ない。したがって、右原状回復義務等存在確認請求に係る訴えのうち「法律上の争訟」に該当する部分も、確認の利益を欠き、結局のところ、その余の部分と同様に不適法というべきである。

二  本件謝罪請求、本件損害賠償請求及び本件調査報告等請求の当否について

右各請求の訴訟物たる請求権の主体、殊に、右謝罪請求のそれが、韓国民全体又は各原告選定者個人のいずれであるのかは必ずしも明確ではないが、右一で述べたように、当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争には当たらない当事者と第三者間の権利義務に関する争いについて裁判所の判断を求める訴えは不適法であるから、右各請求の訴訟物たる請求権の主体をいずれも各原告選定者個人(右損害賠償請求及び右調査報告等請求については、当該各請求において挙示された各原告選定者個人)と解した上で、以下のとおり判断する。

1  国際慣習法に基づく請求の当否について

(一) 原告らの主張は、必ずしも明確ではないが、要するに、被告が武力を用いて韓国を強制的に併合し支配したとした上で、被告のこれらの行為が国際違法行為である侵略行為に当たるから、被告は、国際慣習法に基づき、被害国家である韓国に対してのみならず、被害者である各韓国民個人に対しても解除責任(原状回復義務、損害賠償義務及び公式謝罪義務の三個の義務により構成されるとする。)を負うところ、右解除責任を基礎づける国際慣習法は憲法九八条二項により国内法に連係して国内法的効力を有するとして、右国際慣習法の国内法的効力に基づき、原告選定者らが被告に対して本件謝罪請求、本件損害賠償請求及び本件調査報告等請求をすることができる旨主張するものと解される。

(二) そこで、まず、国際違法行為を行った国家は被害国家に対してのみならず被害者個人に対しても直接に損害賠償義務等の解除責任を負うとの国際慣習法の成立の有無について検討する。

国際慣習法は、国際法規範の一つと解されているが、特定の国家実行について、大多数の国家間において、同様の国家実行が反復、継続され、ある程度恒常的で均一の慣行として、広く一般に受け入れられるに至り、そのような一般慣行について、主要な国家を含む大多数の国家その他の国際法主体が、当該国家実行を単に礼譲又は慣例としてではなく、国際法上の義務又は権能と認識し確信して行っていること(法的確信)が認められるとき、当該国家実行について国際慣習法が成立しているものと解するのが相当である。

そこで、これを踏まえて、原告ら主張に係る国際慣習法の成立の有無を検討すると、原告らは、今日においては個人にも国家と同じく国際法上の権利能力が認められているとし、国際違法行為を行った国家はこれによって被害を受けた個人に対しても直接に損害賠償義務等の解除責任を負うとの国際慣習法が存在する旨主張するが、国際違法行為によって被害を受けた個人が、その属する国家の外交保護権によらずに、自ら直接に加害国家に対して損害賠償等の国際法上の解除責任の履行を求め、これに応じて加害国家が右個人に対して直接に解除責任を履行した事例について、何ら具体的な主張がなく、また、証拠上も、そのような事例は全く認められない(なお、原告らの申出に係る証人は、いずれも被告による韓国侵略の過程及び「一九一〇年八月二二日韓日条約」等の条約の有効性に関する原告らの主張を立証することをその立証趣旨とするものである。)。

したがって、原告ら主張に係る解除責任の存在及びその履行について一般慣行及び法的確信が確立しているとは到底認められず、右解除責任を基礎づける国際慣習法の成立が認められないことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、国際慣習法に基づく原告らの請求は、いずれも理由がない。

2  カイロ宣言、ポツダム宣言及び平和条約に基づく請求の当否について

(一) 原告らは、被告が受諾したポツダム宣言八項に「『カイロ』宣言ノ条項ハ履行セラルベク」との文言があり、カイロ宣言には「前記三大国ハ朝鮮ノ人民ノ奴隷状態ニ留意シ軈テ朝鮮ヲ自由且独立ノモノタラシムルノ決意ヲ有ス」との文言があることから、被告はポツダム宣言の受諾により韓国民が奴隷状態にあることを認め、韓国民を奴隷状態から回復させるべき義務を負っていることを確認したとした上で、さらに、ポツダム宣言を受けて締結された平和条約二条(a)の「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」との文言は、被告がポツダム宣言に基づく右義務を再確認したものであるとして、右各宣言及び条約に基づき、韓国民を奴隷状態から回復させるべき義務の履行を求めるものとして、本件謝罪請求、本件損害賠償請求及び本件調査報告等請求をする。

(二) しかしながら、カイロ宣言は、第二次世界大戦中に被告と交戦状態にあった主要連合国であるアメリカ合衆国、イギリス及び中国の三か国の首脳が、カイロにおける対日講和条件についての協議(いわゆる「カイロ会談」)の結果を宣言したものであり(公知の事実である。)、右宣言全体の趣旨及び文言、殊に、「右同盟国ノ目的ハ日本国ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国ガ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト並ニ満州、台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ日本国ハ又暴力及貪慾ニ依リ日本国ガ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨリ駆逐セラルベシ 前記三大国ハ朝鮮ノ人民ノ奴隷状態ニ留意シ軈テ朝鮮ヲ自由且独立ノモノタラシムルノ決意ヲ有ス」との文言に照らすと、右宣言は、当時被告が支配していた「満州」、「台湾」等の地域の返還や「朝鮮」の独立など、対日講和条件のうち主として当時被告の領土とされていた地域の処理に関する右三か国の基本方針を表明したものであることが明らかであって、右宣言について、それ以上に、被告に対して韓国民個人に対する損害賠償等の義務を負わせたものと解することは、右協議の趣旨からも、その文言上からも、到底不可能というべきである。

そして、右の点を考慮すれば、カイロ宣言を受けて発せられたポツダム宣言の八項の前記文言は、右三か国がカイロ宣言で宣明した当時被告の領土とされていた地域の処理に関する右基本方針が履行されるべきこと、すなわち「朝鮮」の独立などを被告に要求したのにとどまるものと解され、さらに、ポツダム宣言を受けて締結された平和条約の二条(a)の前記文言も、同様に、被告の条約上の義務として「朝鮮」の独立などを締結国との間で合意したのにとどまるものと解される。

したがって、右各宣言及び条約が原告ら主張のような被告の原告選定者らに対する損害賠償義務等の根拠とならないことは明らかであるから、右各宣言及び条約に基づく原告らの請求も、いずれも理由がない。

3  「法の一般原則」に基づく請求の当否について

(一) 原告らの主張は極めて不明確であるが、国際司法裁判所規程三八条1項cにおいて、国際司法裁判所が付託を受けた紛争を裁判する際に適用する準則の一つとして、「法の一般原則」が規定されていることから、憲法九八条二項に基づき右条項が国内法的効力を持ち、日本国内法上でも「法の一般原則」は裁判準則となるとした上で、国家機関の不法行為により被害を受けた者に対して当該国家は損害賠償等の責任を負うという「法の一般原則」が存在するとして、右「法の一般原則」に基づき被告には原告選定者らに対する損害賠償等の義務がある旨主張し、本件謝罪請求、本件損害賠償請求及び本件調査報告等請求をするもののようである。

(二) しかしながら、国際司法裁判所規程は、その一条に「国際司法裁判所は、この規程の規定に従って組織され、且つ、任務を遂行する。」と定められていることからも分かるように、国際司法裁判所の組織や審理手続及び裁判準則について規定したものにすぎず、それ以外の一般の国内裁判所の組織や審理手続及び裁判準則について規定したものではないことは明らかである。したがって、右規程が国内裁判所の裁判準則として拘束力を持つということは、およそ考える余地がないものといわなければならない。

してみれば、原告らの右主張は、その前提において失当というべきであるから、「法の一般原則」に基づく原告らの請求も、いずれも理由がない。

4  ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例及び極東国際軍事裁判所条例に規定された「平和に対する罪」及び「人道に対する罪」に基づく請求の当否について

(一) 原告らは、ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例及び極東軍事裁判所条例に規定された「平和に対する罪」又は「人道に対する罪」に該当する行為が行われた場合には、右行為者が国際法上の刑事責任を負うだけでなく、その者が属する国家も被害者個人に対して国際法上の民事責任を負うとした上、右民事責任を基礎づける国際法の国内法的効力に基づくとして、本件謝罪請求、本件損害賠償請求及び本件調査報告等請求をする。

(二) しかしながら、右各条例全体の趣旨及び文言、殊に、「平和に対する罪」及び「人道に対する罪」について定めたニュールンベルグ国際軍事裁判所条例六条の「次の諸行為若しくはその何れか一つの行為は、裁判所の管轄権に属する犯罪で、それに対しては個人的責任が存する。」という文言や、極東国際軍事裁判所条例五条の「本裁判所は、平和に対する罪を包含せる犯罪に付個人として又は団体構成員として訴追せられたる極東戦争犯罪人を審理し、処罰するの権限を有す。左に掲ぐる一又は数個の行為は、個人責任あるものとし、本裁判所の管轄に属する犯罪とす。」という文言は、明らかに、これらの条例が当該行為者個人の刑事責任を追及することを目的として制定されたものであることを示すものである。さらに、そもそもこれらの国際軍事裁判所の設置された目的が、第二次世界大戦に関連して行われた侵略又は国際法違反の戦争への関与行為、非人道的行為、迫害行為を行った行為者個人の刑事責任を明らかにし、これを処罰することにあったことも、また、公知の事実である。

これらの点に加えて、近代の法体系においては民事責任と刑事責任は峻別されていることをも考慮すれば、右各条例に規定されている「平和に対する罪」又は「人道に対する罪」に該当する行為が行われたときには、右各条例に基づく行為者個人の国際法上の刑事責任が発生するにとどまり、右各条例の規定から、それ以上に、右行為者が属する国家の被害者個人に対する国際法上の民事責任が生じる余地はないものというべきである。

したがって、右各条例に規定された右各罪に基づく原告らの請求も、いずれも理由がない。

5  憲法前文二項に基づく請求の当否について

(一) 原告らは、憲法施行当時、韓国民は長年にわたる被告の侵略と支配による被害からいまだ完全には回復していなかったとした上で、憲法前文二項の「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」との条項は、被告が原告選定者ら韓国民に対する損害賠償義務等の法的責任を履行する意思を表明したものとみるべきである旨主張し、右条項に基づき本件謝罪請求、本件損害賠償請求及び本件調査報告等請求をする。

(二) しかしながら、憲法前文二項は、同項全体の趣旨及びその文言から、憲法の基本原理の一つである平和主義の理念に基づいて、平和で公正な国際秩序の形成及び維持に向けて被告が格段の努力をすべきであるという、国政における崇高な指導理念を表明したものであることが明らかであり、原告ら主張のような裁判規範性のある法的権利を保障したものとみることは到底不可能である。

原告らの主張は、独自の見解に基づくもので、採用することができない。

したがって、憲法前文二項に基づく原告らの請求も、いずれも理由がない。

6  民法七〇九条に基づく請求の当否について

(一) 原告らの右請求は、要するに、国家賠償法は民法の不法行為に関する規定の特別法であるから、国家賠償法の施行前においては、国家の違法な公権力の行使によって損害を受けた者は民法七〇九条に基づき損害賠償を請求することが可能であるとした上で、被告ないしその公務員が行った一九四五年ころまでの間の韓国支配や太平洋戦争中の強制連行等により原告選定者ら又はその被相続人が受けたとする損害について、右韓国支配や強制連行等が違法であるとして、同条に基づき本件謝罪請求、本件損害賠償請求及び本件調査報告等請求をするものである。

(二) しかしながら、国家賠償法附則六項により、同法施行前の行為に基づく損害についてはなお従前の例によるとされているところ、原告ら主張の被告ないしその公務員の違法行為は、いずれも同法施行前のものであることが明らかであるから、これにより受けた損害については、従前の例によることになる。そして、原告ら主張の被告ないしその公務員の違法行為は、いずれも国の権力作用にかかわるものであることが明らかなところ、右のような公権力の行使に基づく損害については、民法の不法行為に関する規定の適用はないものと解されるから、被告ないしその公務員が国家賠償法の施行前に行った違法行為により受けたとする原告ら主張の損害については、民法七〇九条以下の不法行為に関する規定の適用の余地はないというべきであり、他に、右のような違法行為について被告に損害賠償責任を認める法令上の規定は何ら存しない。

したがって、民法七〇九条に基づく原告らの請求も、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(三) なお、原告らは、国家が違法な公権力の行使により外国人に損害を与えておきながら何ら損害賠償等の責任を負わないとするのは、外国人に裁判上の保護を与えるべき国際法上の義務の違反(いわゆる「裁判の拒絶」)に当たるとして、少なくとも対外国人の関係においては、いわゆる「国家無責任の原則」は妥当しない旨主張するようであるが、国際法違反に当たるような「裁判の拒絶」とは、司法機関による外国人であることを理由とした不当な差別的取扱いをいうものであって、国家賠償法施行前の公権力の行使に基づく損害の場合のように、被害者の国籍のいかんを問わず一般的に国家責任を認めないことが「裁判の拒絶」に当たらないことは明らかであるから、原告らの右主張は失当である。

第四結論

以上によれば、原告らの請求のうち、不法行為に基づく原状回復、損害賠償及び公式謝罪の各義務の存在確認請求に係る訴えは、いずれも不適法であるから却下し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 横山匡輝 江口とし子 市原義孝)

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